-タイと日本-

人はいろんなことを感じ、考えながら生きています。仕事のこと、家族のこと、食べもののこと、そして社会に起きていることなどさまざまです。

 

そして大人になると現代における日本の環境で身についた思考習慣が『そんなもんなんだ』当たり前になってしまうことも多いものです。でも果たして本当にそうなのでしょうか?

 

今の日本との比較対象が実感としてないがために、自分あるいは今の日本の考え方すべてが絶対的なものと認識してしまいがちだからでしょう。その結果、いいところにも悪いところにもそう疑問を持たなくなってしまって、すべてをそのまま受け入れてしまうわけです。

 

一方、海外生活をした人達はその国と自国を相対的にみることができるので、その良し悪しを感じ・考えさせられたことも多いはずです。

今回はタイのチェンマイあるいはチェンマイの人たちの価値観について書いてみようと思います。

 

まずは常夏と言われる年中温かい、っていうか暑い(3~4月には40度を超すことも多いです)ってところがあります(今、日本は寒いですし)。逆に見れば日本は四季折々季節によって暑かったり寒かったりの変化に富んだ国です。

 

僕が日本との違いを強く感じた一つが宗教観の違いです。タイ人は(上座部)仏教への帰依の度合いが日本人のそれとは全く異なり、そのまま日常へ入り込んでいることです。タイ人の仏教徒は国民の95%以上です。実は日本では全人口のおよそ70%以上が仏教徒と言われます。ただそのわりには我々の日常の生活には全くと言っていいくらい関係していないのが普通でしょう。

 

一方、そんな日本と比べてタイでは仏教あるいは僧侶が身近な毎日の生活に溶け込んでいて、毎朝の托鉢(信者が僧侶に物品を捧げること)・寺祭り・(人生)相談事、そして(短期)出家と庶民との関りがさまざまあるのを何度も見てきました。またタイ人が皆進んで寄進をすることも日本人には考えづらいものであるのに違いありません。

 

タイの寺院の数はおよそ3万で日本国内の大手コンビニ数の半分強と言えばその数の多さが実感できるでしょう。タイ男性の多くは少なくとも一度は出家を経験します(今はともかく昔は出家経験のない男性は周りから馬鹿にされたようです)。仏教界での不祥事も聞かなくはありませんが、これら庶民の生活に密着している点でタイ人は敬虔な仏教徒であると言っていいでしょう。それに比べると、日本は無宗教と言った方がいいほど日常に仏教が溶け込んでいないようです。

 

ところでタイはこの30年で随分街並みが変わりました。バンコックに(大きな)スラムはなくなったし、インフラに関しても高架鉄道BTSの開通、高層ビルの乱立あるいは綺麗で巨大な商業施設の出現などバンコックに限れば「先進国」と見間違うほどになってます。

 

しかし国としてはまだ発展途上国です。道路・電気・水道などのインフラ整備度や大気汚染の度合いなどの環境は日本と比べればまだまだ遅れています。チェンマイ市内は排気ガスが充満していますし、時には煙害もありますし、今だに雨期になると下水設備が不十分なため街中水浸しになることもあります。この点は日本のインフラ成熟度はかなり高いわけです。

 

またタイ社会を理解するにはその産業構成を考えなくてはなりません。タイおける職種の内容を日・タイを比べてみます。

 

このことは人の教育環境にも大きくつながるため重要なポイントです。それは普通、商業やさまざまなサービスを提供する第三次産業はそれぞれの産業が会社ごとに顧客満足度を競い合う、言うなれば「人」「コト」中心の産業であるためにスタッフ一人一人の専門能力が問われ、高度な教育レベルを必要とする場合が多く、その分社会の成熟度が高まるためです。

 

僕が初めてタイに訪れた1987年は第三次産業に従事する人々は19.6%であったのに対して2014年には42.1%と2倍以上増えましたし、当然その反面農業や漁業などの第一次産業に従事する人々は68.1%から35.2%の約半分に減りました。

 

この点だけで日本社会を調べてみると、大正9年(1920)時点で第三次産業従事者が23.7%で昭和30年が35.5%ですから、3~4年前(2014)のタイは日本の昭和30年つまり62年前の日本と大して変わらない比率いうことになります。

 

もちろん日本でもそうだったに違いないのですが、農業・漁業に携わる家庭では教育が重んじられない傾向が強く、そのためそれだけ庶民の物事に対する見方・考え方が狭かったはずです。つまりこの点では今やタイ人の中には先進国並みの高い教養を持ち幅広い物の見方・見識を持つ人が増えたということになります。

 

そしてもう一つ、僕自身が肌で感じた違いはタイは上流・中流・下流階級の意識差がハッキリした格差社会だということです。それは一つにはタイが陸続きの国で周りのミャンマー・カンボジアなどから人が流れ込む国ということもあるようです。そのためもあり、彼らは15歳以上になればバットプラチャムトア(直訳すると「常に体に携帯する券」)と呼ばれる身分証明書を携帯することが義務付けられています。

 

タイでは特に田舎の人たちは、都会の人たちや欧米人や日本人のような外国人、そして洗練された衣装・持ち物・貴金属などを身にまとった人たち、あるいは英語を話す高等教育を受けた人たちに一目も二目も置くような気がします(日本人でも軽装だったりサンダルだったりするとゲストハウスなどでも馬鹿にされる態度を取られることもありますが)。この辺りはタイ人の階級意識の強さの一つの現れでしょう。

 

日本も昔は士農工商の階級・身分の違いがありましたが、今はその違いがあまり感じられないですね。僕はここは今の日本社会のとってもいいところだと思います。医者の子どもも年収200万の家庭の子どもも普通に仲が良かったりする関係は外国ではあまり見受けられないですからね。幼い頃、白人の子どもの母親から『黒人とは二度と遊ばせない』と言われたキング牧師の有名なセリフで今回はテーマはおしまいにします。

 

『私には夢がある。私の4人の子どもたちがいつの日にか、肌に色ではなく人格によって判断される国に住むことを。』