-生きるって何?-

いわゆる因縁なのかあるいは単なる偶然なのかよくわからないのですが、人は与えられた環境つまりは時代・場所(国)など定められた条件の中でその一生を送ります。これを読んでいるあなたは日本語がわかるのでたいてい日本人ですね。

 

日本は高い技術力を世界に誇る経済大国であり、世界的にみればまだまだ豊かです。先進国とみなされるようになったのが、経済開発協力機構(OECD)に加盟した1964年東京オリンピックの年あたりでしょうか。

 

1955年からの高度経済成長期から1980年代後半からのバブル景気を経て、1991年からはバブル経済が崩壊します。

 

この間に求職した人たちは就職についてはかなり恵まれた年代と言っていいでしょう。夜間の大学を出た学生ですら一部上場の企業にも入れた時代です。

 

その後2001年までは「失われた20年」と呼ばれる経済低迷期に入り、いわゆるリストラが横行するようになりました。

 

2017年はバブルの終焉の1991年から数えると26年経っていますが、この6年間も好景気とはいいづらく、いずれ「失われた30年」と呼ばれるのではないかとの話も出ています。

 

新卒採用の文化が根強い日本では、1993年から2005年までの「就職氷河期」に多くの学生がフリーターや派遣社員に余儀なくされました。

30代後半から40代前半の皆さんは努力うんぬんではない時代という不運な状況をもろに受けた年代でしょう。

 

一方これらはこの50数年の間日本に生まれた場合の話であって、どの国で生まれるのかという問題は考えていません。時代もそうですが、このことこそ一人一人の人生に大きく関わることになるに違いありません。

 

どんなに景気が悪いとはいえ、日本に生まれれば普通は三度三度のご飯に困るという人たちはいなくはないでしょうが多くもないはずです。一方、北朝鮮の農民の子として生まれたらどうでしょう?その苦労は想像に難くありません。

上に述べたように時代・国籍などの状況の違いによってその苦労はまちまちでしょう。が、カタチは違えど誰もが苦労して生きています。

 

もちろん楽しいこともたくさんありましょう。それでもそれは特に背負うものがまだあまりなく、いわゆる人生の「酸いも甘いも嚙み分ける」ことがまだ十分にわからない若いときであることが多く、社会人になり家庭を持てば気が休まるときがないくらい大変な人たちも決して少なくないはずです。

 

仕事のこと、年老いた両親のこと、妻や子どもたちのこと、親戚のことと心にかけることは尽きないでしょうからね。


まぁ逆に言えば、人生経験を積み苦労を重ねた中高年の人たちこそ、たまに出会う美しいもの・芸術感動できるとも言えます(子どもにはふつう芸術は理解できないでしょうから)。

 

僕はこう思います。生きることはどういう環境であれ、おそらく自分自身の「魂(死後存在すると考えられているもの)」の向上と、他人や社会あるいは周りの人たちとどう関わりどうよい影響を与えるかではないかと。

 

実際社会にはどこであろうがいろんな悪い人がいますし、人は完ぺきではないですから、綺麗ごとだけではうまくいかないことも当然あります。その場その場においてはよくないこともしてしまうのが人間です。


親鸞聖人が「悪人こそ救われる」と説きましたが、すべての人は「悪人」であるという認識がその言葉の前提にあるようです。

 

時にはをついたり、他人を非難あるいは攻撃したり回り道をすることもあるものです。それでも自分自身がこの世を去るときに、『満足できる一生だった』と自分自身が納得でき、たった一人にでも感謝されるならそれで十分。そう思うのです。