沖縄空手について

カラテと言う言葉は世界に通じるもので、唐手とも書くこともあります(唐とは中国の昔の王朝のこと)。なぜなら空手は沖縄の古くからの武術と中国武術が融合されて生まれたものだからです。

 

ただし、『巨人の星』『あしたのジョー』(これらの作品自体はとっても好きで、今でもよく見ます)の原作者である梶原一騎が宣伝し大衆心理を掴み、ビジネス的に成功した流派によってこの40年は本来の空手の姿が歪められてきた経緯があるため、ここでは沖縄空手と呼ぶことにします。

 

中国の武術は2000年以上の歴史があり、太極拳少林拳あるいはブルース・リーが習っていた詠春拳が日本人には知られていると思いますが、それらの奥の深さは計り知れないものがあるものです。

 

空手の中国武術と共通したところとしてはまず武器術につながることや、筋力中心の体力勝負ではない練られた身体運用の技術がその特徴です。

 

沖縄空手の流派には剛柔流・上地流・小林流などがありますが、その基本的身体運用は皆同じです。そしてそれは型を通して受け継がれてきており、型の持つ意味もまた奥深いものがあるものです(流派によって型自体は少し異なります)。

 

型は鍛錬の意味もありますが、何よりも身体を時間をかけて改造していく点が見逃せないところで、腕とか脚とかの部分のパーツではなく一つの統一体(脚・腹・背中などが連動するということです)としての身体運用を作り変えていくわけで筋力に頼らずかつ重い攻撃ができる内側のエネルギーの出し方を身に付けていくのです。

 

型がそのまま技になる場合も当然ありますが、型はもともと正しい姿勢を導くものと言ってよいと思います。その基本の型はやはりサンチン(三戦)であり、僕の最初の先生は『俺は2万回やったから、もうやらなくても型通り動ける』と言ってました。

 

また、沖縄空手の稽古法には型以外、約束組手・自由一本組手・カキエ(手と手を触手のように相手と密着させ相手と自分の重心を調和させる稽古。時に相手を崩すこともある)などがあり、だけではなく柔の呼吸や丹田からの内側の柔らかい力(重力を利用した接触点において力を感じさせない重み)を使えるようにし、相手の心理・生理を誤魔化す技につなげるのです。

 

型が教えてくれるのは正しい姿勢・全身をまとめる身体操作(統一体)・意識の流れ(気)があり、これらはすべての流派に流れる基本的なものと言ってよいでしょう。

 

また、本来沖縄空手には試合はなかったと思われます。試合とはルールの上でのもので現代になってから行われるようになったスポーツである反面、もともと空手は自衛あるいは戦いのためであったはずです。

 

試合ではなく戦いともなれば、やるとなったらスポーツマンシップなど必要ないものです(これは最初の先生から学んだことです)。

 

この現代においても当然ながら「戦わずして勝つ」ことが理想ですが、実際世の中にはなりふり構わない悪党がいることは間違いないですし、彼らと向き合うときはきれいごとなど考えていたらやられておしまいです(「目には目、歯には歯(、でもって糞には糞)」です)。

 

武術の中には心理・生理・物理的なトリック(騙しですね)がその技の中にたくさん入っています。僕自身は総合出身ですから(ま、最初は先ほど書いた大衆心理を掴んだ流派なのですがね)、ステップやらウィービング・ダッキング(これは膝蹴りに注意しないといけませんが)に加えパーリングなどで相手の攻撃をかわしてきましたが、沖縄空手では基本的に頭のてっぺんから尻の穴まで芯が入ったように地面に垂直に動きます。またボクシングのように腰をひねったりも基本しません。

 

その代わりに空手の受け(上げ受け・外受け・内受け・下段払い)と入り身があるのです。ここが総合と大きく違う点です。受けて入り身した後すぐさま相手に攻撃を加えるのですが、その前に受けの時点で相手を「死に体」にさせてしまえば攻撃はしなくてもいいかもしれません。

 

受けた後に相手に乗っかり相手のバランスを崩したり、脚で相手の脚をつぶしたりと沖縄空手には総合・ボクシングにはない技がいろいろあります(いわゆる寸止めの試合でもこの受けがほとんど見られないのはフルコンタクト空手同様、本来の沖縄空手の技が歪められているのだと僕は思います)。

 

ただし相手がボクシング経験者だったり、巨体だったりすればそううまく対処できない可能性も高く(僕自身が柔道・ボクシングをやっていたのでよくわかります)、ステップやらパーリングやらで凌ぎながらタイミングをみて(ここと言うときに)沖縄空手の高度な技で対処するのが現実的でしょう。ただし、相手が素人なら大振りのパンチを打ってくるでしょうし、パンチをすぐ引くこともしないだろうので技はかけ易いです。

 

実際、顔面攻撃というものはステップと上体を振る技術で大抵かわせますし、当たったとしてもそう威力はないものです(パンチは数センチでも的にズレただけで効き目は激減しますから)。まして実践でハイキックを出すなどと言う危険な行為は経験を積んだ者ならまずしません。総合の選手経験のある者たちは掴みが得意ですし、靴を履いていたらなおさら掴まれやすいものです。

 

路上で脚をもって倒されたらおしまいでしょう。地面はアスファルトであってリングや試合場の畳ではないですから。

 

最後に武道でよく言われる「無の境地」について少し話しますと、思考は判断を鈍らせることもあると最近になって気づいてきました。相手はどんな攻撃をするのかわかりませんし、「(あれこれ)考える」ことによって見えなくなることにつながるのだと思うようになったのです。そのためには稽古が欠かせませんけれども。

 

ブルース・リーが「燃えよドラゴン」の中で、『考えるな、感じるんだ』と言ったことが少しわかってきたようです。